あるチョウチョウウオのヒストリー
チョウチョウウオ類で大型なのがニセフウライチョウチョウウオ。本来は警戒心が強いが、沖縄・慶良間諸島で餌付けをしたらフレンドリーになった。
1984年6月、水中写真家の故益田一氏と、当時益田氏の助手だった小林安雅氏とで慶良間にある安室の漁礁というポイントで潜った。ボートに上がったとたん、あのニセフウライチョウチョウウオへんだったね、という話題になった。3人ともそう思ったのだ。
半年後の85年1月に潜ったとき、やはりニセフウライチョウではないことがわかった。このとき撮ったのが上の写真だ。82年にモルディブへ行ったときに見た魚と同じ。当時は日本の図鑑には当然載ってないし、海外の図鑑もなかったので、分布も名前もわからなかった。もし、インド洋だけに分布する魚だったら大発見だ、と秘かに思っていた。
87年に図鑑『世界の海水魚』(益田一著、山と渓谷社刊)が発行され、スポットネイプバタフライフィッシュという英名で載っていた。分布もインド洋、西部太平洋と記してあった。
89年に『日本の魚』(田口哲著、小学館刊)が出版。ケラマフライチョウチョウウオという和名が付いて載っていた。ついに和名が付いた、と感慨深い思いでいた。ところが、94年に発刊された『日本産魚類生態大図鑑』(東海大学出版会刊)では、ヒメフウライチョウチョウウオという和名に変わっていたのだ。どのようないきさつでこうなったかは知らないが、とりあえずは日本初記録ということで和名が定着したのだった。その後、日本では石垣島、奄美大島で生息を確認した。慶良間では別のポイントで幼魚を観察した。また、漁礁には成魚がまだいるので、同じ個体なら23年以上生きてることになる。
下の写真は01年に撮影。左がヒメフウライで右がニセフウライ。偶然ペア?になった。
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